まちづくりのプランニング

まちづくりのプランニンはグ若い女性の価値観で

バブル崩壊以後顕在化して来ました地方の衰退現象の原因は一体なんでしょうか?
原因は、若い女性がその町に定着せず東京へ出てしまう事で一旦東京へ転出してしまった女性が又その町に戻る事は無いか有っても極めて稀でしょう。
では「何故若い女性は東京を目指すのか」を考える事で解決策は見つかると思います。
コニー・フランシスWhere The Boys Are
Where the boys are, someone waits for me A smiling face, a warm embrace  Two arms to hold me tenderly
私を見つけてくれる彼はどこにいるの? にこやかな顔に温かい抱擁   二つの腕が優しく私を抱いてくれる。
Where the boys are, my true love will be.    He’s walking down some street in town And I know he’s looking there for me
ホントに愛してくれる彼は今どこにいるの? 彼はあちこち街をさまよい歩いてきっと私を見つけてくれるわ。
In the crowd of a million people, I’ll find my valentine And then I’ll climb to the highest steeple,And tell the world he’s mine
沢山の人たちの中からバレンタインできっと私を見つけてくれる。 そのときは高い所から「彼は私のもの~!」と世界中に叫ぶわ
Till he holds me, I’ll wait impatiently    Where the boys are,where the boys are    Where the boys are, someone waits for me
私を抱きしめてくれるその日までじっと待つわ    私の彼は今何処に居るの   彼は今何処に居るの きっと誰かが私を待ってる。
Tillhe holds me, I’ll wait impatiently    Where the boys are, where the boys are     Where the boys are,someone waits for me
抱きしめてくれるその日までじっと待つわ    彼は今何処に居るの   彼は今何処に居るの       彼は今何処に居るの きっと誰かが私を待ってる。
と、まあこんな意味でしょ私の適当な和訳ですが。「ボーイハント」という55年前の映画の中で唄われている。

In the crowd of a million people, I’ll find 多くの若い女性が東京に集まるのはこういう事でしょう。「勉学」なんかじゃない。
日本を仕切っている長老やおっさん達の男の感覚ではやがて日本は滅びますよ!
日本中の県会議員のHPをたくさん覗いてみましたが、そのセンスは日本再生を考えるにははっきり言って不適格。だから何も好転しないばかりか益々悪くなる。この際はっきり書きました。(笑)
稼業がら多少知っていますが、地方の担当者?では凡そクリエイティブなど無縁の恰も話が通じない異国人の様だ。このままではこれからも日本の地方再生などは不可能と感じます。何より「視覚的に考えられない」「創造的でない」事が決定的です。
巷間言われている様に、これから多くの自治体で「財政破綻」が続出して世の中は大騒ぎに成るでしょう。今現在も静かにそれが進行している筈です。

町の発展のキャスティングボードを握っているのは、若い女性の感覚なんです。おっさん達の感覚ではない。地方が若い女性に嫌われたから益々廃れる訳なのは私が今更言うまでもありません。なのに地方は若い女性に嫌われる的外れな策ばかりを続けて来ました。これが今も衰退が止まらない原因でしょう。
多くの人が思いつく様に、原因は地方が都会的でない事でしょう。では「都会的」の意味を考えると、東京の様にビルが林立する事であったら、当然実現は無理ですので解決策は有りません。はっきり不可能です。

「都会的」と言う事が「洗練されている事」なら不可能では無いかもしれません。がしかし、地方の町を丸ごと洗練した景色にする事はやはり無理でしょう。
日本中の町が「活性化対策会議」なり対策の組織を持っていると思いますが、こういう事を担当するのはみな男(おっさん)達ですね。男の感覚で何十年もの間解決出来なかった訳ですからもう選手交代して若い女性の感覚にシフトして商品企画で魅力的プランを考えられる人物に切り替えないと今までの失敗の繰り返しに成ってしまいます。下の写真は東京圏ですらご覧の様に緑は全く無い後進国の景色です。日本の男には「都市計画は生まれつき無理」なんです。


まちづくりのプランニング

町を国策で一括して創るか、市場原理で民間の営利事業として「町を創るか」ですが、私は後者の従来の町とは別の場所に「民間企業が一括で町を創る」と言う方を考えました。それも国内企業では無く欧米の企業です。
市場原理で民間の営利事業で「町を創る」と言う計画は国策事業よりも成功の可能性が高いと考えるからです。
企業感覚では勝算が無い事業には手を出しません。手を出した以上必ず成功させる様に「努力」をします。努力してもしなくても給料同じの行政感覚とは根本的に異なる点です。もし行政の世界がプロ野球の世界の様に突然「今季限りで戦力外通告」という実力主義であったなら、日本は見違える様に良くなっていた筈です。
従来の住宅メーカーがただ住宅を並べる計画ではなく、何万人規模の繁華街を含めた「町一式を創る」プランです。勿論いきなり創れるものではなく、数十年スパンの長期に渡って計画して更に終わりが無い成長し続ける計画と言う考え方です。最終的には10万人以上でも良い。首都圏以外の全国の都道府県で1つ以上のこういう計画で町が出来れば最終的には500万人の若い人口が首都圏から全国に散る訳ですが、しかし計算通りには行かなくて企業は採算に合う地域にしか興味を示さないだろう。恐らく何カ所かに集中して他はゼロと言うのが多分に考えられるケースだ。最悪は全く何処にも事業計画に興味を示さない事だってあり得ます。若い女性の間で人気の無い地域には企業も興味を示さないだろう。
度々「女性の考えをアンケート調査で調べるべき」と書いておりますが、私はそういう調査結果をまだ見た事が有りません。多くの若い女性は案外日本自体を好きでは無いのかもしれません。「地方活性化」がことごとく失敗する原因は、そういう事なのかもしれません。
バブル崩壊以後今までの間、自治体があれこれ考えても解決策の糸口さえ見つかりませんでした。そうこうしているうちにやがて日本自体が衰退しかねません。


まちづくりのプランニング

これから「財政破綻」で人が住まなくなる自治体も沢山出て来ると思います。そういう町をリノベーションで立て直すのでは無く、手つかずであった別の場所の広大なエリアを一括買い上げて長期計画で「ゼロから新たに町を創る」と言う壮大な計画です。
基本は地元住民ではなく東京の若いファミリー層をターゲットに「新しい感覚の地方移住」という形で住宅を分譲しますので、従来の都会から地元に移住して価値観の違いから暮らす上での「様々な軋轢」などは有りません。
では職場をどうするかですが、それは工場誘致ではなく「テレワーク」で今まで東京本社まで毎日の長時間通勤してこなしていた業務を自宅のデスクでこなす訳です。ネットを介してデータのやりとりをする訳ですから、いま東京の「託児所不足」が問題になっていますが、
自宅でのデスクワークですから授乳や幼児の面倒も勿論可能です。確かにまだ子供が小さければ両親は何時間かは育児に手が掛かりますが、その分は子供が寝た夜に作業をこなしてネットで送信すれば翌朝本社の業務には支障がない訳で、何かと「自宅」と言うのは不都合が有りません。
有史以来、子供はお母さんの元で育てる事が当たり前で「託児所」で他人に乳児幼児を預ける事が異常な事なんです。急に熱を出した時やケガをした時など様々な点で自宅に居れば何かと不都合が有りません。
昔「只今家族11人」とかというドラマが有りましたが、新天地を舞台に「家族5人」の幸せなTVドラマは良い効果が有ると思います。


まちづくりのプランニング

「まちづくり」とはかなり次元の高い創造的事業だと思う

新しい町の中心商業地区の計画も段階を持って「最初の3年はここまで」「次の3年で何処まで」と計画的に創る事で、町の人口が増えて行くステップに合わせて商業施設を段階的計画的に創って行けば無理が無く対応が可能だと思います。計画当初はまだ空き地だらけですが、最初から全部中途半端なモノを作って後で取り壊して作り直すよりは無駄が無くて良いでしょう。
テレワークが基本ですから、新たな鉄道を敷設する事も不要ですので予算は町の人口に合わせて中心市街地の形成だけですから予算規模としては少ない方だと思います。
又住宅ゾーンの周りの林間にはSOHOを点在させたシリコンバレーを小規模にしたものも計画します。これは東京などで沢山有るWebデザインやアパレル工房、設計事務所、アニメスタジオなどの小規模事業者の為のオフィスを林間に点在します。勿論建物デザインは一定の基準で統一感を持たせて周りの樹木より大きな建物は創らずあくまで「林間」と言う事で並べます。ここまで自宅から車で15分以内で通勤が可能な距離です。
住宅プランは東京では考えられない規模の80坪以上の敷地に述べ140平米程度の住宅で家族4、5人が夢の住環境で快適に暮らせます。「日本に居ながら欧州の田舎町暮らし」と言う設定が若い家族を納得させます。またこのスケールと「これから何十年と成長して行く」と言う期待感が「新しい地方移住」の動機付けになると思います。
土地は分譲ではなく35年スパンの借地権分譲も良いかもしれません。35年と言うのはライフサイクルから考えました。
若い夫婦に建物だけのローンで負担軽減と土地に執着する日本人の意識改革に成るかもしれません。土地分の固定資産税も要らないし・・。家余りの時代に土地に執着はナンセンスでしょう。


まちづくりのプランニング

最初のグランドデザインは大変重要でこれを変更する事無く何十年も続けて行く訳ですから町の各所に配置する駐車場の数や規模などしっかりとしたプランで計画する必要が有ります。
全ては完成予想図で視覚的にチェックを繰り返しながら創り上げて行きます。
Googleは今年「都市をゼロから創る」と発表しました。勿論それは高層ビルが林立するIoTが完備の近代的な高層ビル群といったものでしょうが、ここで提案しますのは、中心市街地以外は全て2階建ての「欧州の田舎町」というコンセプトと言うものです。


まちづくりのプランニング

何故「欧州」かと言いますと長年私が女性の好みのデザインに付いて調べますと落ち行いた欧州の田舎町が人気の様ですのでそう考えました。それも北欧辺りのデザインが日本女性の好みに合って良いのではないでしょうか?
勿論南仏のプロバンス風でも又アルザス風やコッツウォルズ風でも構いませんが、そういうコンセプトを最初からしっかり決めないと若い女性に人気は出ません。
まだ中心市街地の大規模な商業施設群を考えてはおりませんが、「女性のハートを射抜くまちづくり」が私が考えるコンセプトです。

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まちづくり概念図

都市計画はデザインの問題

都市計画は難しい理屈ではな創造的なデザインの問題です
「まちづくり概念図」と言うものは建築パース制作稼業を始めてからいくつか描きました。具体的には「スマートシティー」や「限られた町のエリア」の絵です。実際そういう街を作る為の完成予想図と言うのではなく「そういうイメージの街」と事で印刷物に具体的イメージ説明として使ったのでしょう。

そういうものではなく、当方が最近依頼される絵は「地域活性化の方法」を議論する場合に、何も材料が無くては話が進みませんので、望ましい概念図を何点か作成してそれらを元に議論すると言う目的で依頼を受けるものです。
今派まで少ないですが、これは潜在的には大変多い用途かと思っています。
多くの場合が、何も材料無しに議論するので自ずと漠然とした内容になり「抽象論」に終始してしまう。結果具体策は決まらず何の為の議論だったかで終わってしまう。で再度集まりを繰り返すが毎度「抽象論」で終わると言った繰り返しでしょう。「概念図」が無い事には話は具体的に何も前には進みません。
概して日本はそういう国です。「文章至上主義」で何事も「文章が整ってさえ居れば善し」とした考えで具体的に「視覚的に考える」と言う事が無い
これは全く効果的ではなく、インスタグラムが流行る様にこれからの時代は視覚的に説明出来なければ対策会議だけでなく誰も興味を持ってはくれません。

まちづくり概念図

そんな訳で当方は「計画の概念図」と言うものを作成している訳ですが、
特に最近は、バブル崩壊後に顕在化して来ました日本中の地方都市の衰退対策に各地で議論される場で使う目的で「好ましい将来図」をまだ例は少ないですが依頼される事が有ります。勿論そのまま施工すると言うモノでは無く「たたき台の絵」です。
他には「古くなった団地の再生問題」を議論する住民同士の検討会の場で説明で使う目的の再生計画の絵や活気が無くなった「商店街の望ましい将来図」「寂れた駅前の改装計画」などです。何れもたたき台段階の絵です。
元来、日本では説明手法に「絵」を用いる事は有りませんでした。「読み書き」の国ですから「絵」は重視しませんでした。
高尚な書籍などでは「文章だけで理解」すべきで「絵」はむしろ低俗なものとすら考えていたのかもしれませんね。「リテラシー」と言うのかな。
逆に文章だけが高度に発達して「行間を読む」などと言う事さえ時々言われます。
書籍でも何でもそうですが「文章」だけのものより、ところどころに関連の画像が有る事で一服出来ると言うか、ギブアップしてそこから離脱する事が有りませんね。


まちづくり概念図

計画検討会議では沢山の視覚的材料を並べて

いままで絵を用いなかった原因は、日本人は遺伝的に「左脳タイプ」が多く、欧米の様に「視覚的に考える事」が一般的では有りません。ですから「描く技術」も問われる事は無くこれも欧米からは大変遅れています.この例は「日本のイラスト」「アメリカのイラスト」の違いです。
ところがこれからは、視覚的に対抗して行かない事には致命的な大きな痛手を被る事に成る。例は様々有りますが、例えば諸外国に新幹線を売り込むとしましょう。
相手国には『「夢の新幹線」で国土がこんなに魅力的な姿に変ります』と様々な視点の「未来予想図」で説得するとか?或は『循環器(心臓)の狭窄(心筋梗塞)の患部をこんな風に物理的施術の「夢の新技術」で治療します』と言った説得力は皆「視覚的な手法」に依ります。どんな高尚な文章表現で説明してもライバルには勝てません。映像テクニックの問題ですね。

まちづくり概念図

また最近のIoTの技術を日本中に浸透させる事も文章ではなく「視覚的に説明」してこそ理解を得られます。未来技術の説明は全て「視覚的」が欠かせません。
「文章至上主義」の日本はこういう手法が遅れているのです。
CGの世界だけでは有りません。
広告で、商品の優れた点を表現するのに「絵」が効果的な事が多い。
或る住宅の商品説明でそのプランの利点を示す場合「家族の楽しい暮らし」を表現するのはCGでは不向きで「笑顔で暮らしている家族」と言った絵柄で訴求する商品特徴の説明と言った様に、「視覚」には文章より大きなアイキャッチの効果が有ります。


まちづくり概念図

Googleは今年「都市をゼロから創る」と発表しました。昨年も或るサイトで同じ様な発表をしています。きっと計画実現に自身が有るのでしょう。「車の自動運転システム」の様に必ず近いうちにその計画は実現するでしょう。
日本とのこの大きな差は一体何なんでしょう?
答えは、日本の様に「文章至上主義の国」とGoogle(アメリカ)の様に「視覚的に考える国」の差なんだと思います。
以前外国の都市計画で、沢山の望ましいプランを並べて周りを取り囲んで沢山のスタッフがあれこれ話し合っている場面の画像を見た事が有ります。恐らくGoogleも沢山の望ましい計画図を並べて其の周りを多くのスタッフが「この絵ではコストが掛かる」「「この絵では実現性が低い」「この絵なら改善すれば意味が有る」などと討論し、より具体的な絵に変えて何度も討論を繰り返してベストの計画でプランを創り上げて行くのでしょう。本来これが唯一の望ましい方法で,日本の様に文言だけで討論しても計画は何も前には進みません。現にバブルがはじけてから今日まで日本中で画期的な計画で人口が増えた地域は無いと思います。日本の2000年の歴史の中で「人口減少」は一瞬の出来事です。
望ましい明るい未来の町の姿を「創造的な絵」で表現しては如何でしょうか?


まちづくり概念図

そんな訳で、「視覚的に説明する」というのが「文章」より効果的な事はお分かり頂けたと思います。
今日の深刻な地方衰退対策で「魅力的なまちづくり」の検討の場で多く「好ましい概念図」をこれからは広く当たり前の様に利用して頂く事を望みます。きっと文章だけの「抽象論」のやり取りよりは遥かに着実な結果になり、意味があると申し上げたいです。


まちづくり概念図

繰り返しますが、当方は「創造的な叩き台の概念図を作成」するユニークな絵描きです。勿論創造は当方で考えて絵にまとめます。それを材料に更に好ましい計画を論議して頂く事が出来ます。
また複数の「望ましいプランの絵」はアンケートで多くの若い女性達に「この絵の中のどんな町の暮らしたいですか?」と聞く事でベストの「計画の方向性」が分かる訳です。
絵と合わせて簡単な説明文も添えた当方HPに有る様な体裁でhtmlデータも添付致しますので、会議の前にそれをコピペでそちらのHPに移せば予め会議の前に関係者だけでなく多くの方がご覧に成る事も出来ます。
どうぞご利用をお待ちしております。

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活性化問題の解決方法

地域活性化問題の解決はデザインの問題

ネットで検索しますとこの類いの問題解決方法が沢山出て来る。つぶさに見た訳では無いが、果たして的を得ているのだろうか?効果が有るのだろうか?と多分に疑問を感じながら目を通してみた。しかし読んでも結局具体的対策がイメージで出来ない。希望を感じる具体的な絵づらが頭に浮かばないのである。何の為の「提言」なんだろうか・・? 少なくとも提言内容に魅力や興味を感じない。


活性化問題の解決方法

当方の考えは、これらの提言とは視点が違います。
バブル崩壊以後四半世紀の長きに渡ってこの問題が論議され提言も多い様ですが、結果は見事に効果がなく事態は一層深刻になり今日に至っています。
第1.に、多くの関係者の考えが「文章」(文言)での思考で、「言葉や文章が整ってさえ居れば善し」と言った感じが有りますね。高尚な説明手法は文章であると言う「文章至上主義の国」です。
しかし言葉での議論では「抽象論」ばかりで討論が終わって、結論は具体的にイメージしようとしても全く「絵ずら」が浮かばない。つまり具体的眺めがイメージ出来ないのである。いつもこういう結果に終わるのだろう。現に日本中でどこかの町が画期的なプランで東京から若い人が戻って来て、人口が増えていると言う話は今もって聞きません。それどころかますます衰退が進んで行く。
一方、Googleは今年「都市をゼロから創る」と発表しました。或るサイトで昨年も同じ内容の計画発表を見た。きっと自信があるのだろう。「車の自動運転システム」と同じくきっと近いうちに実現するのだろう。
で一体この大きな差は何なんだろう。
答えは「文章至上主義」の国と、Googl(アメリカ)の様に「視覚的に考える」国との差ではないだろうか?
ディスカッションの場面の中央に「好ましい未来計画の絵」を沢山並べて」このプランはコストが掛かる」「このプランは実現性が無い」「このプランなら工夫すればうまく行くかもしれない」と率直に議論して更に良い計画の絵を描いてより完成に近い計画を創り出しているのではないだろうか?以前海外の都市計画検討の場面で多くの具体的プランの絵を並べて周りを囲んだスタッフが検討している場面の画像を見た事が有ります.日本の議論風景とは明らかに違っていた。
「抽象論」では具体的にどうするか、発言する本人さえも頭に描いていないのだろう。ですから「絵」が無い時点でその会議は無意味なモノと言えます。
「第四次全国総合計画」(四全総)の結果が真逆の地方衰退だ。「地方創生」も効果はなく、「田園都市構想」も「ふるさと創生論」も全部意味無いモノに終わった。
効果的な地方再生は「文章」で表現する事は止めて、より説得力の有る「絵」で示して十人十色の多くの絵を並べてそれを材料に検討すべきだと思います。


活性化問題の解決方法

第2.に、男の感覚ではなく若い女性の感覚でプラン作りをすべきと言う事を申し上げます。検討するに相応しい人間が考えていない。
「若い女性が逃げ出す様な町には明るい明日は無い」しかし現実は皆女性がその町を嫌って、残った「おっさん達」や「爺様達」がその町をどうするのかあれこれ議論していますが、これも的外れだろう。
その町を嫌って東京へ出てしまった多くの若い女性が戻って活気の有る町にしたい訳ですから、当然そういう若い女性の感覚で町を作り直すべきなんですが、現実の対策は凡そ的外れです。
何でもそうですが、若い女性向きの商品を売れる様に商品開発をしたいと真剣に考える場合、購入してくれるターゲットの好みに合わせて商品を企画し、同じくターゲットに訴求する効果的な宣伝をして商品を売って行く様に、「おっさん」や「爺様」の好みで作った商品など若い女性に売れる訳が有りません。
女性向きの流行のファッションを、霞ヶ関や地方自治体のお役人が考えますか?
ですからまず、若い女性がどういうプランに興味を示すかのアンケートを沢山集めるべきでしょう。
日本の女性は表立って意見を言いませんので、何とかして積極的に意見を集めるべきです。


活性化問題の解決方法

地域活性化検討会議では視覚的材料を並べて

カラーで印刷した日本を含めた世界中の町の写真を並べて「どんな町に暮らしたいか」と言うアンケート用紙を配るなり、高校や大学でアンケートを集めて、何らかの方法で若い女性の好みや希望を知る事だと思います。
2017年の春に名古屋で「レゴランド」成るテーマパーク?を創ったが、オープン直後のゴールデンウイークにも関わらず観客が集まらず、早くにテナントが撤退と言う記事が有った。実は計画を以前から知ってこれは失敗するだろうと予想したが、結果は見事に当たった。
失敗すると考えた理由は、敷地が四角で狭く自然の緑も無く町工場の様で有機的な部分が無く癒されないだろう。利用する女性好みではないと感じたからだ。
この当事者は施工前に計画説明図を利用者に見せてアンケートを集め無かったのだろうか。詳しいアンケートの結果である程度は分かる筈だ。それを怠った為に、事業計画比320?億円をドブに捨ててしまった訳だ。早く撤退しないと赤字は更に膨らむ。
と言う訳で若い女性の感覚を正しく知る事だと思います。女性は表立って意見は言いません。
ちなみに仕事柄、私は或るサイトで女性がどんなプランに反応を示しかを長い間関心を持って注視して来ました処、今どきの女性は欧州のロマンチックな田舎町に関心が有ると判断しました。仕事では参考にしています。
当方は活性化検討会などで使う「設計前の叩き台の絵」を作成するユニークな描き手です。

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地域再生の効果的方法

日本から1800弱有る地方自治体のうち半分が消えるという

日本は「文章至上主義の国」です。役所の文書を見ると、たてまえであっても「文章が整ってさえ居れば善し」と言った印象が有ります。
少し前まで東京一極集中是正の為の「首都移転計画」と言うのが有った。がしかしその話はいつの間にやら雲散霧消。且つて国土の将来計画をまとめた「第四次国土総合開発計画」と言うのを見た事が有る。今はそれがいずれも真逆の地方衰退、やがては1800弱有る地方自治体のうち半分が消えるという。素人目で見ても地方衰退がやがて日本衰退に成るだろう。誠に由々しき問題だ。

地域再生の効果的方法

一方、Googleは「都市をゼロから創る」と言う計画を最近発表した。実は或るサイトで昨年も同じ発表を見た。計画に自信が有るのでしょう。きっと「車の自動運転システム」の様に必ず実現するだろう。
で日本と Google(アメリカ)で何故こうも大きな差が有るのだろうか?
答えは、文章をこねくり回している国と、視覚的にイメージしながらアイデアを修練させてより良いプランを創り上げて行く国民性の差だろうと考えます。
また最近日本の技術力や学力が世界と比べて落ちているらしい。
日本の教育方針は二宮尊徳の様に「寸暇を惜しんで読み書きに励む」だったと思います。学力低下は呪文の様に覚えた「暗記」ではなく「創造する事」「考える事」を疎かにして来た結果だろうと思う訳です。英語を何年も読み書きの「寺子屋式勉強」をしても使える様には成らないが、唄の歌詞の様に右脳で直感的に覚えた英語はネイティブな発音で又忘れない。左脳的「読み書き」は誤った勉強方法だろう。欧米の様に右脳を刺激する事が本当の「創造的勉強」ではないだろうか?
日本はこれから相対的に世界レベルから衰退して行く事はどうにも成らない事実だ。がしかし、間違った考えは改めるにしかずで、今からでも好ましい方向へ変わって欲しいと願うばかりです。
話を地方衰退に戻しますと、地方が荒んで若い女性が東京へと集まりつつある様に、衰退は地方から女性の流出が原因と思っています。
ですから当然男の感覚ではなく若い女性の感覚で物事を考えないと、これが更に衰退の原因にも成ると思う訳ですが、今もその事に気付いていないでしょう。


地域再生の効果的方法

地域再生問題は「視覚的に考える事 」デザインの問題

バブル崩壊以後顕在して来た深刻な問題を霞ヶ関や地方自治体では何十年もその解決策の妙案を未だに見いだせないでいます。答えの品とは女性か感覚に有るのですが。
上記の観点から私なりに考える事は、「絵に描けない」という事は具体策を考えていないという証拠で、計画の初期段階から「文章至上主義」は止めて、まず「視覚的に考える」事、頭にイメージする事だと思います。
文章でしか考えられない人達だけではハナからプラン創りは無理が有ります。何十年もの間、解決策を見いだせない事からもそれが伺えます。創造する才能の問題ですね。創造が不向きな人は対策会議には関わらないで、相応しい能力の有る人材を集める事が大切なんですが・・。
沢山の「たたき台の絵」を中心にして「この案はコストが掛かる」「この案は効果的でない」「この案は実現が無理」などと討論して視覚的材料を元に、より効果的な案を練り上げると言う方法です。
具体策を練り上げる為にはたたき台の絵を用いて視覚的に検討し合い、「抽象論の禁止」ですね。
この方法が有効な結論には時間的にも無駄が無く、より良いプランを纏める着実な方法だと考えます。全く知りませんが、恐らくGoogleはじめ欧米ではこういう方法で互いのアイデアを尊重しながらより良いプランを創り上げているのではないだろうか?以前外国の都市計画でそんな場面の画像を見た記憶が有ります。
それ以前にまちづくりは「創造性」の有無才能が第一の問題ですが。


地域再生の効果的方法

当方は、まだ設計図が無い段階の「たたき台の為の絵」を作成をしております。古い団地の建て替え検討の為の絵地域活性化の提案図寂れた駅前の再生プランなど、まだ設計前の絵の作成を当方は建築パースの手法で作成しています。
特に団地の建て替え案検討段階では,自治会・管理組合で住民全員の同意形成は大変難儀ですが、たたき台の絵が有れば、A案、B案、C案と具体案を並べて関係者全員の「投票」で案を決めれば順当かと考えます。実際設計を依頼するのは住民全員で望ましい案が決まってからでしょう。


地域再生の効果的方法

と言う訳で、検討会で視覚的材料無しにあれこれ抽象論を言っていても時間ばかりが無駄になって結論が出ませんが、申し上げた「絵」を並べて投票で決める方法が最も合理的で結論が早いと考えます。
例えばこんなケースが有りましたら、当方がそういう絵の作成を承ります。どうぞご利用下さい。

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地方再生プラン

「地方再生プラン」は役所が考えるべきではない

ここに同じ事を言っているページが有りました。
また「役所の地方再生戦略は絵に描いた餅」と言ったタイトルが有る。
興味を引いたので見てみると、有料会員登録だったのでページの中身が見えなかった。
しかし、「絵に描いた餅」と言う批判は役所仕事では多い気がする。何れも揶揄するマイナスの意味だろう。
多くの場合、役所の事業担当者は民間とは異なり、「どういう結果だろうが給料には影響ない」と言う事から「成功はしない」と言う意味だろう。
これが民間なら、担当する事業がことごとく失敗で、毎度事業赤字を繰り返していたなら担当者は左遷か減俸だろう。クビには成らないかもしれないが・・社内では気まずい。
しかしプロ野球の世界なら、毎度結果が出せない選手は11月頃突然非情な「今季限りで戦力外通告」を受けてしまう。
仮に役人が事業失敗を繰り返して「今季限りで戦力外通告」を受ける様になると、日本は見違える様に良くなると思う。
いきなり脱線しましたが、計画を「絵に描いた餅」と有りますが、実際絵に描いた事業計画は説得力が有ると思いますね。今までは実際絵に描いていない。いや「絵に描く発想が無い」と言った方が正確だろう。が担当者が自分で描く必要は無い。餅は餅屋で、専門の絵描きに依頼すれば良い訳だ。しかし今までそういう試みは無かっただろう。


地方再生プラン

日本の役所は文章至上主義で、何でも文章で表現するのがベストな説明方法と考える。それ以外の発想は無い。この点いやこれ以外も全てが極めて保守的だ。
しかし欧米ではどうだろう。多くの文章の羅列では誰も興味を示さず説得力が無いと考え、出来るだけ説得力の有る専門の描き手に依る魅力的な説明図作成をするのではないだろうか? 現に外国の文書はビジュアルが魅力的だ。
ネットでは海外のそういう事業計画の魅力的な絵を沢山見掛けます。日本ではそういった見る側を魅了する絵は全く見かけない。毎度お役所のまとめは何処も堅苦しい文章の羅列と、模式図だけの興味を引かない如何にも「詰まらないまとめ」に成っている。
私は仔細に読む気が起きないが、恐らく他の人も同じではないだろうか?


地方再生プラン

役所感覚ではいつでも衰退問題解決は出来ないまま消滅すると思う。

日本の役所では「視覚的に説得する」と言う手法を殆ど見かけない。発想には無いのだろう。
しかし広告分野の世界では、長い文章などよりインパクトの有る「アイキャッチ」だろう。印象の有るキャッチコピーのバックに画面一杯の鮮やかな画像が目に入る。こういう感覚は役所には無い。
しかし説得力の無い文章だけの説明でその事業が失敗すれば元も子もない。これはつまり「うまく行こうが、行くまいが担当者の給料には影響ない」ということもあるのだろう。これはダサい役所の慣習だろう。
しかし、最近は役所体質も「財政破綻で消滅する自治体」と言う事が取りざたされて、今まで通りではまずいと言う事で体質が変わらないのだろうか?
自治体の財政破綻は「倒産」と言う事だ。
実際そう成れば日本中で大騒ぎだろう。しかし現実はこういう事件がこれから多発すると思う。
「倒産」ですから役所も今までの保守的考えでは済まないだろう。良い方向へ変って欲しい!


地方再生プラン

早くから役所にも民間の様な能力給と言う考え方が浸透していたら、日本の社会も事態はいくらか良くなっていたのではないだろうか?
で、話が戻りますが私は1年程前から「衰退する地方の駅前や商店街のリノベーション」(小手先の改装ではない)や「古い団地の建て替え計画」の絵を作成する仕事を始めました。今までの処、後者の案件が少し多いですが、何れも日本の深刻な問題ですから、潜在的にこういう仕事は多くなって行く気がします。成って行かなければおかしい。他がやればウチでもやると言う独特の体質もあるだろう。
日本中の役所の担当者が、「絵に描いた餅」の作成が一般的になる事を期待しています。特殊な内容ですのでまず提案内容は最低限、依頼側に「趣旨希望」を聞いて、それに関する資料を当方で更に集めてから、当方がプランを練って何点かの絵にして納品するという今までに無い仕事ですから、まず「創造性」が要求され、説明用ですから「賑わいの雰囲気描写」が不可欠で有る事などで今後も競合は国内には居ないと考えます。
計画説明ですから説得力の有る描写が必要とされます。また若い女性の感覚にシフトした欧米感覚にも精通していないとオシャレな駅前やストリートのプラン作成などは出来ません。
何より事業計画に付いて、従来より興味を示す人が増えるでしょう。


地方再生プラン

深刻な地方の諸問題や事業計画を絵で示すと言う事が、これから役所の世界でも「絵に描いた餅の作成」が普及する事を期待している処です。
当方は設計前の具体的で「創造的なたたき台の絵」の作成を主な仕事にしております。ご利用をお待ちしています。

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地域活性化の問題解決

「地域活性化の問題」はデザインの問題

当方は、元々は広告分野の提案説明図を作成しておりましたが、20年程経て建築分野の建築パース(完成予想図)作成という仕事に変えまして10年ちょっとの時点で現在の「地域活性化」や「古い団地の建て替えプラン」「田舎の駅前の再生」と言った問題を「絵で提案する」仕事に変えて現在約1年に成ります。


地域活性化の問題解決

こういうプランを考える描き手は当方だけで他にはおりません。
元来日本は欧米に比べて快適な住環境や都市計画、地域の魅力的な計画といった「創造する事、考える事」が大変不得手です。現に日本には世界の都市に比べて都市計画が無い。地方で生まれ育った若い女性は魅力に欠ける其々の地方を捨てて東京へと集まる。しかし東京が優れた計画で出来ているとは思えない。この先女性が30代に成った頃、日本からハワイ、アメリカ、欧州、マレーシアといった魅力的な海外へ脱出と言う事がトレンドに成る事を危惧します。もしそうなったら少子化葉より顕著になりますね。これは日本消滅でしょう。これは大変深刻な話な訳です。
現在様々な活性化策の提案を「絵」の手法で表現して作成の依頼側からその手間賃を頂いております大変ユニークなプランナーです。


地域活性化の問題解決

本来3Dソフトと言うモノは鉛筆や筆といった創造する人の1つのツールであって、建築パース画は設計者自らが操る道具であって、設計者に代行して作成するものでは無いと常々考えて来ましたから、早くからこういう「自ら創造の為の3Dツールで作成」と言う仕事を考えて居りました。
はじめてまだ1年ですがお陰で、そういった仕事は少しづつ増えて来ました。敢えて宣伝はしませんので案件はまだ少ないですが、潜在的にはかなりの需要が有るものと考えております。何しろ日本が衰退するかどうかに影響する大問題なんですから・・。

元来活性化とは、関係者の男達の考えではなく、若い女性が町から居なくなる事で若い男も都会を目指し、気がつくとその町には高齢者だけに成って町の衰退に気が付くと言う事でしょう。そのときには既に対策は何をやっても的外れと言う手遅れが現状だと思います.ですから町の発展のキャスティングボードを握っているのは、若い女性であって、担当者の男達ではないのですが、現実は皆男達が集まって活性化策を考え実行し、結局的どれも的ハズレと言う結果に成っているのでしょう。
町の発展は男達が集まって考えてもダメで、実は若い女性にシフトしないとダメなんです。今まで日本中の地方がこれに気が付いていない。


地域活性化の問題解決

地域活性化を考えている人はむしる創造が不向きな人である印象

今まで調べた処では「和風の町づくり計画」と言うのが日本中で大変多いですが、これらは需要に対して供給が案外多く、又和風には若い女性は余り興味は示さず、おっさん好みのテーマの様な気がしています。
私の経験ではこういう事に不向きな人が担当している印象です.しかも当人達はその事に気付いていない。それがもう四半世紀も続いてやがて日本の命運が取りざたされるまでに成って来ました。
当方が考える提案内容は、若い女性にシフトした案ですから和風ではなく、女性好みの異文化感覚のおしゃれな建物や植栽、街並と言ったものに成ります。勿論賑わい描写は欠かせません。まず依頼側に「欧米の希望の景色」が有ればそれを拝見して、大体の方向を掴んでそれに沿った資料を更に集めます.それらを並べてプランを作って行きます。提案の絵柄は1点だけではなく計画全体が把握出来る様に絵と合わせてその説明文をネットのページ型式にhtmlデータも添えて納品します。
欧風の町の中にジェットコースターや観覧車が見えるテーマパークでは無く、女性が好む古い素朴で本格的な欧州の田舎町というプランを考えております。
「ジェットコースターや観覧車」は男の発想で、女性の感覚では無いだろうと思う訳です。女性に人気のTDLには有りませんね.実は「ジェットコースター」は有るのですがむき出しではない。


地域活性化の問題解決

作成した絵の使用目的ですが、従来地域の活性化策検討会議では担当する男達が集まって議論をしてもはっきりした結論が出ないまま終わってしまうだろう。そうではなく「具体的視覚的材料に付いてあれこれ議論する事で、結論を出す方が結論が早い筈です。文章至上主義の国ですから今までそういう発想が無い。特に地方ではそういう考えが無い。またそういう絵を描く描き手が居ないというのが現実でしょう。ですから当方がそういう絵の作成仕事を初めた訳です。これは正解だったと思っています。
今の処の守備範囲は「地方の田舎の駅前改良」「寂れた商店街の造り直し」(改装では有りません)「古い団地の建て直し計画」と言った案件が多いです。これ以外にまだ「テーマパークのたたき台の絵」と言った相談も有りますが、まだ実際手掛けた事は有りません。


地域活性化の問題解決

基本的に、仕事で手掛けた絵はネットなどに公開はしておりません。日本人が最も不得手な「創造性」「考える事」が商品です。それを「絵」で提案をすると言うのが当方の仕事内容です。
今はHPで代表的見本を提示しているだけで、印刷物や何かの方法で当方からの積極宣伝はしていません。

 

 

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地域再生の提案

地域再生は役所感覚ではなく創造的能力の有る人材で

ネットで「地方衰退の解決策」と言う単語で検索してみますと、出てくるのは何れも文章ばかりですが、これを読んで内容に納得出来るでしょうか?又は参考に成るでしょうか?
これで活性化の問題が解決すれば、「提言」は沢山或る訳で今頃日本に深刻な地方衰退問題はとっくに解決している事になりませんか?
ところが現実はますます深刻になって行く。
最近は「諦めた、致し方ない」という感想を述べる意見も多い。以前は「何とか活性化策を実行したい・・」ともう少し希望的な感じだったと記憶していますが、事態は末期的と言う事なんでしょうか?
バブル崩壊以後、霞ヶ関や地方自治体の担当者が数十年掛かっても妙案は出てこず、地方はますます衰退で現在に至っています。
「止まらない衰退、人口減少問題の解決策は」「お金が掛かる地方暮らし」「地方のさらなる衰退」「必需品の車の維持はお金が掛かる」
「少子化」「高齢化」「介護問題」「核家族化」「嫁姑問題」「育児環境」「仕事、生活基盤」「限界集落」「東京一極集中再考」
「空き家急増」「世帯構造の変化」「人口増加政策」「中心市街地衰退」などなど絶望的言葉がキリ無く出て来ます。


地域再生の提案

この原因は一体何処に有るのでしょう?
何をやっても右肩下がり。商店街改装でオープンセールの一時期は人が集まるがやがて元の寂しい風景と言うのが現実ではないでしょうか?
共通して言える事は、「若い女性の共感を得られない」と言う事ではないだろうか?書いているのは恐らく全部が男だろう。
担当する男(おっさん)達の感覚では無く、町から若い女性が東京を目指して居なくなると若い男も東京を目指し、やがて町が寂れた事に気が付く。
つまり街の発展のキャスティングボードを握っているのは「おっさん達」ではなく若い女性であると言う事ですが、まだ誰もこういう事を言わない。
まあ、そういうどうしようもない状況をどうするかと言う仕事を、当方は1年程前から始めましたが、このまま続けて参ります。
で、地方活性化問題解決を何故建築パース(絵)で提案するかですが、一番の理由は他に競争相手が居ない事ですね。次にどんなに文章がうまくても内容が伝わらず効果が無い、依頼側が求めている事は言葉の「抽象論」ではなく「デザイン」と言う町の景色の「具体的創造性」で有ろうから稼業の存在意味が有ると考えました。日本中の深刻な問題ですから潜在的には需要は多いだろう。


地域再生の提案

地域活性化の結論はデザインの問題だと思う

活性化問題解決のデザインはどうやっても文章では表現出来ません。当たり前の事ですがこれは盲点です。日本は「文章至上主義の国」ですから競合相手は全く居りません。多くの人の思考がが今まで「文章」と言う手段しか思いつかないのでしょう。
「活性化会議」では言葉の応酬だと思いますが、「絵」という視覚的検討材料も無いまま果たして意味ある会議が出来るのだろうかと不思議に思います。恐らく何も得るものは無く時間の浪費の繰り返しでしょう。
但し、「ゴーストタウン」や「全くのシャッター通り」では既に再生不可能と考えますので相談を頂いても不本意ながら止むを得ずお断りしております。多少なりとも再生可能の望み有る案件だけをお引き受けしております。
当方の作業は、欧州の田舎の小洒落た商店街と言う資料を元にアレンジしてデザインを発展させて行きます


地域再生の提案

当方の方法は、まずご依頼担当者から希望の欧州の田舎町の写真画像(グーグルアースのストリートビューが有効です)を支給頂いて、「ご希望の方向」を確認しながら更にそういう資料を集めてそれをアレンジしてデザイン検討作業に入ります。
(ストリートビューの使い方が分からなければ、簡単ですので電話でお聞き下さい。)
作業日数は当方HP見本に記しております数字が目安に成ります。途中経過を見て貰い、仕上げて行きます。途中変更希望が有りますと当然日数は延びます。
最後にHP見本の様な「簡単な説明文章」を入れてそのページのhtmlデータも絵と合わせて納品致します。料金は作業日数に応じて計算致します。(料金ページをご覧下さい)文章の抽象論ではなく「具体的な知恵」が商品です。

画像は長手方向4000ピクセルですのでA3プリンターで充分使用に耐えます。htmlページデータをコピペで依頼者のHPに移せば容易にネットを介して関係者全員がページを閲覧可能に成ります。例えば古い団地の建て替え問題でプランを住民全てに見てもらう事が出来ます。他で集めたプランの画像と見比べて住民投票で案を決めるのが順当な方法でしょう。住民総意の希望計画案が決まってから設計施工依頼をする事に成ります。


地域再生の提案

以上、当方はこういう叩き台の絵を作成」するのを稼業にしております。
実際の仕事内容は当方HPには載せません。
どうぞご利用をお待ちしております。

 

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町の再生提案プラン

建築パースの手法で様々なデサイン(知恵)を販売

当方は建築パース屋ですが、一般的に建築設計事務所などから図面を支給されてそれをなぞって立体図にするパース屋ではなく、メインは今現在の日本の社会問題、例えば地方衰退問題商店街活性化問題古くなった団地の再成案魅力的な都市計画案と言った提案の説明を分かり易い建築パースと言う手法で「絵」で提案します。勿論説明文も添えます。特に多くの団地建て替え計画の検討段階で、どんな案が良いのか相談を受けるケースが比較的多くなりました。「具体的な知恵」が商品です。
どれもバブル崩壊以後、まず地方からこういう問題が始まって来ました。今では東京の団地でも又商店街でも同様の活性化問題はあります。何れも明快な解決案は無い様です.又地方では積極策を考えず「自然死を待つ」と言ったもはや「諦め」が多い気がします。

問題が起きる原因は、簡単に言ってしまえば地方に「若い女性が望む様なロマンチックなオシャレ感覚が無い」と言った事でしょう。


町の再生提案プラン

平たく言いますと「ダサい感覚」の場所ほどこういう問題が早期に始まります。地方の商店街が皆シャッターが下りてゴーストストリートと言った寂しいケースは大変多いと思いますが、こういったケースはもうその土地には人口が減ってどうやっても復活は無理と感じます。人口の数と言うより老人ばかりで若い層が居ない場合が多い

で、どうやってその商店街を活気の有るモノに変えたら良いかの内容をネットを見ると、殆どが沢山の文章だけで読んでも抽象論ばかりで具体的にこんなデザインに変えると、オシャレになり女性客が増えて活気が出るとかの視覚的な事は何も具体例として書かれていない。要するに「コンサルタントの講師として呼んで欲しい」とか「活性策を書いた本を買って欲しい」と言った事が多い様です。そんな事で効果が有るでしょうか?納得出来ますか?
当方は、「こういうデザインに変えたら良いのでは」と複数の絵と説明文で示したhtmlページを添付してお手元に届けます。その制作手間賃だけを頂いております。


町の再生提案プラン

そんな視覚的材料を当方以外に他からも集めて検討会の場で並べて比較検討論議するのが唯一結論が早い方法と思います。
視覚的検討材料が無いまま関係者がただディスカッションしても結論は何も前には進まないのではないですか?文章だけの議論では時間の無駄でしょう。
それと同じくコンサルタントの話だけの講演では何も頭に残りません。
当方はそうではなく検討材料になる「具体的なプランの絵」を制作しております。希望を聞いてアイデアは当方が考えます。最低限「オシャレな南仏の雰囲気で建て替えたい」とか、「北欧の上品な商店街に変えたい」とかの最低限のご希望の方向付けの写真資料だけはお送り頂きます。それを元に現実的な改装方法を当方が考え絵(建築パース)にします。

まだ再生の可能性が有る商店街などから相談が有れば応じる事にしております。田舎の駅前のリノベーション案と言った仕事も相談されますが、やはり人口が減って老人ばかりの町では再生は無理だろうと思います。どう考えても効果が無い案件は不本意ながら断らざるを得ません。

では欧米ではこういう問題は起きないのかですが、稀でしょうがやはり人が減って荒んだ風景の町の写真を見た事は有りますが、基本的には「古くなった味わい」を評価する嗜みが有るのでしょうか?日本の様に古くなった事をマイナス評価をしない国民性なのかも知れません。


町の再生提案プラン
また町のエリアが小さく纏まっており、都会へ一極集中など起きないのでしょう。欧米の田舎は何処も人間が暮らすには最適な場所で都会と比べても暮らす快適さには見劣りがしません。若いそうや子供達の存在に希望を感じます。それに比べて日本の田舎は女性から見て余りにも魅力が無さ過ぎで、地方の過疎化はまだ更に進むものと考えております。結局言われている様に地方の多くがゴーストタウンになり税収も減って破綻する自治体がやはり半分前後は出るのでしう。長い間効果的な策が何十年もなされなかった事が決定的だと思います。グールルアースのストリートビューで地方の町を見ますと、私が見ても多くが既に地方自治体ではどうしようも無い程まで問題は進んでいるのだろと感じます。

キーワードは「若い女性感覚」

キーワードは若い女性感覚ですね。町の景色がオシャレでないとまず若い女性から居なくなる、続いて若い男も居なくなり、気付いた時には既に遅いと言うケースが殆どでしょう。東京に出てしまった若い層はよっぽどの活性化策が無い事には故郷には戻らないでしょう。
多くの場合が手を打つのが遅すぎましたが、今現在でも効果的な施策はしていないのだろう。やはり多くの地方が諦めの雰囲気の様です。


町の再生提案プラン

「建築パースで作成する町の再生計画」ですが、現在試みてみれば辛うじて効果が出るかもしれないケースだけ承る事にしています。規準はまだ若い層がその町に留まっているか否かです。恐らくこのままでは何処も暫く若い層の転出が止まらずだろうとは思いますが、うまく計画が進めばやがて振り返ってくれるかなあと言う心細い希望ですね。これ以外の老人ばかりの町では可能性を感じませんのでやはり無理です。ストリートビューでじっくりその町を眺めますが、多くは死んだ様な寂しい景色です。

当方は具体的で「創造的なたたき台の絵」を主に作成しております。
「再生計画を作成をしたい」
と言う関係者が有りましたら、ご利用をお待ちします。

 

 

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まちづくりを考える

まちづくりを考えるには創造能力が必要

かねてから「まちづくり」の絵のお仕事の話が有りまして、約束の本日連絡が有り聞きますと、打ち合わせをしたいが資料は何も無いという。「ええ~っ!」です。「パース屋ですから図面の代わりになるご指示が無い事には街の絵が作成出来ない」と言いますと、「こまった~」という。困ったのはこっちです。何の為日数待ちなんですか。
最初他の絵を添付説明されてそれをアレンジするという話だった。当日迄にそのスケッチを用意しておいて欲しい旨を話して電話を切った。
しかしそれが出来て無いという。当日ドタキャンされた事になります。先方は、プロなら逢って話を聞いてもらえばそんな感じの街を作成してくれると考えたらしい。たまりません。予定が何日分か開いてしまった。説明した筈なのに・・
こういう無茶は、絵を描く事とは全くの無縁な人に多い。つまり完璧な左脳思考の人だ。


まちづくりを考える

いつだったか大手ゼネコンからの仕事依頼でも同じ様な事があった。
実は日本人に圧倒的に多いタイプだ。ものを創るという事に向いていない
先般、一極集中是正の為に首都移転という計画が有った。(既に過去形)しかし一極集中は更に深刻になっているが計画は一向に現実味を帯びていない
それどころか計画が雲散霧消したかの様でさえ有る。私は、日本でこういう計画は100年経っても実現出来ないと思っている。出来てもお粗末なものだろう。


まちづくりを考える

ドバイでは何も無い砂漠にあれよあれと言う間に未来都市を創ってしまった。
日本のマスコミは途中「バブルが弾けて計画が頓挫した」と揶揄した論調で報じたが、しかしその後も計画は進んで今100本の超高層ビルが並び、今後もパームアイランドを5個創るという。
ドバイが私の理想都市では無いが、常に理屈ばかり並べて「ハード」を創れない日本の現状とはあまりにも違う。
戦災後の都市計画でさえ、他国なら必ず手掛ける最重要課題であろうが日本の多くの都市は全く手つかずで来た。
そういう国なんです。「創る」という事が出来ない右脳欠落した特異体質の国民性なんだと思います。


まちづくりを考える

で、久しぶりにこの文章に書き足します。
最近日本のゼネコン内部から移住してアメリカの都市計画に関わる仕事に変った方のブログを読みました。内容はやはり明らかに日本の考え方には否定的だった。
根本的に都市計画の手法が異なる.いやまず日本人はそれ以前に「創造性」が無い。そして視覚的に考えない。まちづくりと言うものは個人が夏休みの課題の様に一人で創るものではない。しがって関係者全員に視覚的に見せて相談しながら(討論を重ねながら)作り上げて行くものである。もっと言うなら欧米で都市計画は市民の多くが意見を言い合って創るものだが、日本では自治体の内部で全部決めてしまい、一般市民には分からない。又市民がお役所に対して意見を言う事など無い。都市計画に対して何かを言う事はあり得ない。一般市民は自分の財産にはこだわるが「公共的な事パブリックな事に割り入っても無駄だ」と考え関心の範囲外の事だ。したがって意見など全くと言って良い程無い。
言えば世間は妙な目で見るだろう。
たまに「さくらの名所で近隣で親しまれて来たさくらがマンション開発で切られる」と言う事案が報道されるが、層いう為の法律は無い様だ。又イチョウや楠の木では説得力が無い。「さくら」だけが特別だ。
また「都市公園」は少ないですが僅かながら日本にも有る。が私が見た処、多くが利用されては居ない。それどころか公園は昼間でも人影が少なく夕方以後には照明も少なくますます危険地帯に変る。


まちづくりを考える

一般には多くのファミリーは賑わいと駐車場が有る「大型商業施設」へ車で出掛けて半日そこで過ごすが、欧米の様に休日に公園の斜面の芝にバスケットに入れたワインや食べ物をつまみながら休日の午後のひとときを過ごす事は全く無い。
私は一時期医者に「歩く事」を勧められ何年か公園などコースを選んで歩いていたが利用頻度は全くと言って良い程無いのである。近くの大型商業施設には人で一杯なのだが、大きな公園では灌木の茂みの向こう側は視界が遮られて大人でも危険すら感じます。日本の公園は灌木が多く視界が遮られて子供には危険ですね。仕事柄欧米のパブリックスペースもストリートビューで良く見るが決まって灌木は無くと遠くまで視界が遮られる事無くまた美しく、なだらかな斜面の芝に人が寛ぐケースが多く見られて夜も灯りが有って危険な雰囲気は無い。勿論公園の周りの境界を示す柵なども無い。
日本は様々世界常識から遅れていると感じますが、公園の絶対面積も少ないが考え方利用の仕方が特異に感じます。


まちづくりを考える

欧米では概念的に人の土地自分の土地と言う境界が無いのだろう。いや勿論境界は有るでしょうが「頭の中の概念」では存在しないと言う事だろう。
自分の土地で稲作を続けて来た国と、羊を丘の斜面で放牧して来た国との国民性の違いかもしれません。土地は天が恵んでくれたもので「占有するものではない」と思うのかもしれません。又稲作文化の日本では水平である部分に価値があって斜面部分は評価が下がります。日本は「瑞穂の国」と言います。
欧米では概念的に土地は「パブリック」なんでしょう。占有にはこだわらない。
日本では、この線から内側が自分の土地であって、ここにどんな建物を建てようが、どんな庭を造ろうが「個人のサンクチュアリであって他人にとやかくは言わせない」と言う考え方で、又人も他人の土地の中にはあれこれ言っては成らない不文律が有ります。


まちづくりを考える

日本の男の識美率は低い

東京・吉祥寺の閑静な住宅地に赤白のパジャマの様な家を建てた人が居ました。当然近隣からは問題になったが、法律では何ともラチがあかない様です。
また私のHPに築地を知事さんの考えで「食のテーマパーク」にしたいという発表が有り、「ここはプロポーザルでプランを募りたい」と言う発表内容だった。話題性が有るので私はいち早く仕事の見本にそれを絵にして並べFaceBookで紹介するとメッセージ欄で「昨今他人の土地に勝手に家を建てる輩が居る」と言う文章を添えて「酷いねボタン」を押した人物が居た。見てみるとこれがなんと或る衆議院議員だった。
こんな国ですから日本はいつまでも世界で特異な国で、先々も世界の常識とは乖離が有ると感じます。


まちづくりを考える

欧米では基本的に土地や景色は「パブリック」なものと言う話に戻しまして、其の方の日本のまちづくりがアメリカとは違うと言う内容は、私なりに解釈しますと、まず「どういうプランが最も絵に成るか」だろうと思います。
恐らく「景色の社会性」なんでしょうね。これは日本人にはなかなか理解出来ないのかもしれません。
とっぴな例えですが、はグラデーションで「鮮やかな青」だから美しい。しかし「俺はオレンジが好きだから俺の土地の上空だけはオレンジに塗り替えたい」と考えても技術的にも無理ですが、出来ても欧米社会では「社会性の見地から言って許されない」と言う事です。ブーイングの嵐で「社会性」を尊ぶんでしょうね。
アメリカで一団の住宅街が有って、或る家の持ち主が「家が古く成ったので建て替えたい」と成っても其の家が見える一帯の丘全てのお宅を訪問して「建て替える予定のプランの絵」を見せて了解を得ないと、市から建て替え許可が出ないと言う。
何十年経った風合まで「エイジング処理」をして周りと風合を合わせないと一団の住宅街住民は了解しないかもしれない。社会がOKしないと自分の家も建て替えられないのです。


まちづくりを考える

それぐらい「住環境や景色は共有感覚で自分達の財産」と考えているらしい。
早い話、私の様な者は早くに欧米に引っ越した方が早いのだろうが・・。それは冗談ですが、しかし日本中の地方の若い層が東京に一極集中で集まっいる時代に、事はこれで収まる訳では無く、これは過程であってこの先多くの若い層特に独身女性が30代に成った頃、東京で後半人生を送るので無くハワイやアメリカ、欧州,或はマレーシアやシンガポール、オーストラリアなどのオシャレで快適な「海外暮らし」がトレンドに成ったらどうします?若者全部ではなく一部にそういう傾向が有るだけでも日本の不動産評価が下がり、日本では子供は更に生まれなくなるのは必至ですね。


まちづくりを考える

戦後、銀行辺りが考えたのでしょうが借金のカタに有限で腐らない「土地」を担保にする事はもう通用せず、これらかは捨て値に成って行き、日本経済がガタガタになるのかもしれないと言うのは私の取り越し苦労だろうか?

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